1.はじめに
企業がその存在および販売する商品・サービスを世間に伝える手段は、インターネットなど各種メディアの発達によってより多様化しつつある。インターネットに限ると、blogやSNS、動画配信など実に多用な手段が採られている。だが、こうしたインターネットなどメディアを活用した広報活動のほかに、企業・団体が創業の歴史や商品・サービスを広く世の中へ知らせるために見学施設を広く一般に公開するという活動が行われていることは見落とせない。一部企業はテレビCMにおいて見学施設のPRを行い、生の体験を積むことでより親近感を持ってもらう取り組みを行っている。だが、これら見学施設の中には多くの入場者を動員し多大なPR効果を発揮しているものもあれば、入場者が極めて少なく専らコストを吐き出す状態にとどまっているものなど効果がまちまちという実態が見られる。
そもそも、見学施設は誰に向けてどのような効果を期待して開放されているのだろうか?この疑問を明かすために、公開されている見学施設をより有効に活用すべく、見学施設が果たすべくコミュニケーションのあり方をステークホルダー毎に分類して改めて確認してみたい。
ちなみに、本稿が定義する「見学施設」とは大きく下表の6つの正確の施設(弊社が運営する見学施設情報サイト(「ilmil いるみる」 (http://www.ilmil.jp)による)を統合したものを指す。
《見学施設のタイプ定義と各例》
タイプ | 定義・展示内容 | 見学施設例 ※( )内は企業名 |
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ショールーム | 最新製品など主要商品を展示している施設 | 東京銀座ソニーショールーム(ソニー) 日産銀座ギャラリー(日産自動車) |
工場見学 | 製造現場をツアーもしくは個人により見学できる施設 | 明治製菓 関東工場(明治製菓) バンダイホビーセンター(バンダイナムコホールディングス) |
博物館 | 企業・団体の発展の歴史などを紹介する施設 | インスタントラーメン発明記念館(日清食品) トヨタ博物館(トヨタ自動車) |
文化施設 | 美術館や音楽ホールなど(ネーミングライツを取得した施設含む)の施設 | ヤクルトホール(ヤクルト本社) 味の素スタジアム(味の素) |
テーマパーク | エンターテインメント性の高い企画で、商品・サービスなど遊びを通じて理解できる施設 | りすーぴあ(松下電器産業) 東映太秦映画村(東映) |
その他 | 体験施設や上記のいずれにも属さない見学可能な施設 | ツインリンクもてぎ(本田技研工業) アヲハタジャム体験工房(アヲハタ) |
2.見学施設は誰がために存在する?
一般に公開される見学施設が果たす企業・団体にとっての意義は上述の通りPR効果を狙ったものが多いが、併せて昨今企業経営において注目度が高まっているCSR(企業の社会的責任)活動の促進効果を狙ったものも挙げられる。たとえば、上表のタイプ分類の中では「文化施設」がCSR的効果を果たすことが期待されている見学施設と理解できるだろう。\r\n 2つの大きな意義を実現する見学施設。では誰をターゲットとしているのだろう?もしくは誰にアピールできるのだろうか?また、2つの大きな意義以外にも果たす役割はないだろうか?見学施設がターゲットとして設定しコミュニケーションを図ることができるのが主に図に挙げられる6タイプの対象である。
図では、見学施設を公開する企業・団体とステークホルダーの時間軸でとらえた横軸と各ステークホルダーが企業・団体との間で果たす役割をもとに分類した縦軸に基づいて示している。たとえば、「従業員」は現在においては企業・団体との直接の利害関係者であるが将来に亘って長期に勤務する存在であるため、将来にもわたってその範囲(濃いオレンジ)は広がっている。では、具体的に見学施設が各ステークホルダーに対しどのようなコミュニケーションを行うことが可能だろうか。個別にまとめてみよう。
2.-1 「地域住民」との間で果たす役割
「地域住民」。彼らからの理解・協力なくして企業が社会で発展していくことは難しく、あるときは顧客であり、あるときは従業員・求職者と多彩な顔を見せる存在でもある。周辺環境に外部不経済(交通渋滞、環境汚染など)を生み出す企業には「地域住民」とのコミュニケーションを強化する必要性は極めて高く、見学施設には良好な関係を維持する役割が期待される。また、「地域住民」の中で忘れられない存在が、近隣の児童・生徒。一般市民には見学施設を開放していなくても、これら児童・生徒にのみ解放して教育の場として活用するというPRよりはむしろCSR活動を推進するための意義を果たし、食品メーカーなどを中心に工場見学という形で施設を公開しているケースが多く見られる。
以上のように、見学施設には社会・地域貢献など「CSR的な役割」を期待することができる。
2.-2 「投資家」との間で果たす役割
「投資家」。会社は誰のものかという議論で盛んに登場することとなった投資家。資本主義経済下において、企業経営者は日々投資家の関心を集め信任を得るための手を打ち続けることがより一層求められてきている。PERやROEといった指標やインターネット技術の発達により入手が可能となった各投資対象が発表する報告書などに基づいて投資判断を行われる場合が多い投資活動だが、見学施設は投資対象のリアルな情報を提供することが可能な存在である。投資対象の製品・最新技術はどのようなものなのか、職場の雰囲気・そこで働いている人はどういった人たちなのかなど、投資対象についての情報を投資家自ら足を運び判断する場としての位置づけを見学施設は担うのである。企業の真の応援団を築くことも、今後ますます経営者の関心が高まるであろう敵対的買収に備えた防衛策として有効な手段の1つであり、見学施設は応援団を形成するために活用することができる。
「投資家」との間では、現場を通じた「生のIR」という役割を期待することができよう。
2.-3 「従業員」との間で果たす役割
見学施設との関係が一見薄そうな「従業員」だが、決してその関係は軽視できない存在である。たとえば見学施設を新入社員の研修の場として活用することができるからだ。創業の精神や最新技術動向を見学するなど活用方法は多岐に亘る。見学を通じ、従業員のロイヤルティを高める、他部門の業務内容を理解するなど業務上の効果を高める機能も果たすことが少なからず期待できる。ヒット商品は見学施設内の特設コーナーで紹介される仕組みを導入すると、社員のモチベーション上昇も期待できるかもしれない。
「従業員」との間では、「社員教育」や「職場に対する求心力の向上」といった役割が期待できる。
2.-4 「求職者」との間で果たす役割
「求職者」には採用活動の一環として大変大きな効果を生み出すことが期待できる。人間関係などの職場環境は入社してみないとわからないものの、製造・販売する商品・サービスがどのようなものなのかは見学施設を通じて事前に把握できる。見学施設が企業・団体に隣接しているのであれば、働く人の雰囲気を掴むことも可能だ。したがって、求職者が実際に足を運ぶ仕組みを構築すると、入社前のイメージと入社後の現実のギャップを少なからず埋めることができ、それが昨今取り上げられる早期の離職を食い止める方策の1つとして有効となる可能性がある。\r\n 見学施設が有効活用されることで、「採用の効率化」を果たす役割が期待できないだろうか。
2.-5 「顧客・取引先」との間で果たす役割
たとえば、ショールームのような見学施設は「顧客・取引先」に対して企業が持つ最新商品・技術をアピールすることが大いに期待されて公開されている(CSR活動の促進ではなく限りなくPR的色合いが濃い)。また博物館のような見学施設でも、企業の理念や歴史などを発表することで、顧客・取引先との心理的距離感を縮める効果も期待できる。さらには取引先にも公開することで新たなビジネスのアイデアを提供される可能性も期待できる。\r\n 「顧客・取引先」とは、「販売・促進」の役割が大きいが、さらには企業・団体の姿を示すことで取引関係を超えた長期的な関係を築くことが可能となり、それがブランドという形の信頼関係に基づいたものを築く機会となることも期待できる。
2.-6 「観光客」との間で果たす役割
「観光客」。彼らは現在の「顧客・取引先」 に対比して、将来の「顧客・取引先」と解釈してもよい。政府・自治体が積極的に取り組んでいる観光誘致の追い風を受け、海外顧客の掘り起こしを日本にいて行うことを見学施設には期待できる。特に海外展開する経営体力はないものの自社商品を知ってもらいたいという企業には、魅力的な見学施設の公開は営業チャネルの1つとして大変効果的な位置づけが期待できる。なお、外国人観光客のみならず、日本人観光客に対してアピールすべきであることはいうまでもない。お土産文化の発達した日本人観光客をターゲットとした仕掛けを見学施設に用意して、クチコミ発生など営業の最前線として活用することもアイデアの1つだ。「観光客」には「顧客・取引先」同様の「販売・促進」という役割と併せて企業・団体を「ファン化」させて長期的な関係を築く役割が見学施設には期待できる。
3.見学施設は競争力強化を実現可能なチャネル
見学施設は6種のステークホルダーに向けてさまざまな役割を果たすことが理解できた。各ステークホルダーと見学施設を公開する企業・団体との間にはかかわり方(「支援」「生産」「取引」)が異なることは上図の通りである。したがって、どのターゲットにアピールするかで見学施設に求める役割(PR効果?CSR活動の促進効果?など)も異なってくる。ただ、誤解していただきたくないのは、ターゲットを絞るという意味ではない。1つの見学施設にはそれぞれ異なるタイプのステークホルダーが足を運ぶし、特定のステークホルダーだけを対象とした企画・展示を行うことは望ましくい。現在、やもすると無目的に公開されている感のある見学施設をより効果的につまり競争力強化のために活用するためには、来訪者との関係を見つめなおして企画・展示を行うことこそが必要なのではないだろうか。コストとしての印象の強い見学施設を、企業・団体に何らかの形で富を与える存在へと昇華させ、その存在意義を高めることがこれから求められていくだろう。さまざまなステークホルダーに対し複数の役割を果たすという効率の良さが見学施設には備わっている。だからこそ、戦略的な活用が求められる。
長期休暇を迎えるこれから。休暇中も見学施設を開放する企業・団体には新たな関係を築く機会ととらえて、見学施設の有効活用に取り組んでいただきたい。